· 

愛猫チィを見送って1年が経ちました。

今日、10月27日は愛猫チィの命日です。

21年間一緒に暮らしていた愛猫のチィを見送って1年が経ちました。 1年経っても最期の1日は記憶が鮮明で、私の顔を見上げた時の甘えた表情や体を撫でたときの感触すら忘れることはありません。

最期の1日、それはとてもチィちゃんらしく愛情に満ちたものでした。

チィちゃんは亡くなる4ヶ月ほど前から慢性腎不全のため体調を悪くしていました。

高齢ということもあり、獣医の先生とも相談し、積極的な治療はせず、点滴での補水だけをすることにしました。補水だけと言っても毎日のことですから、なかなか大変です。

ただ、この4ヶ月前というのは、私が起業を考えはじめ、長年勤めてきた会社を退社する時期だったので、チィちゃんの看病に費やす時間は十分にありました。

「さてはチィちゃん、自分が病気をしたら私が全力を尽くすことは分かっているから仕事を辞めるこの時期を選んだな・・・」なんて思ったりしていました。

 

そこから4ヶ月の間、私とチィちゃんはべったり一緒にいました。とても贅沢でとても大切な、かけがえのない時間でした。この時間があったからこそ、最期の1日があんなにも悲しくも愛おしい日になったのだと今は思っています。

お別れの日、生前も毎日のように伝えていた「大好き」と「うちの子になってくれてありがとう」を何度も何度も伝えました。そして、「いつでも帰っておいでね」と伝えました。

 

お別れの日から約8ヶ月後、保護猫の胡麻と麦を家族に迎えました。

チィちゃんを亡くして、「では新しい子を」という気持ちには当然なれずにいましたが、心のどこかでは「こんなに猫が好きで猫を飼うことにも慣れている、ずっとのお家がない保護猫がたくさんいるのに私はなにをしてるんだろう?」と思っていました。

 

愛猫を見送り、新しい猫を迎える。

たくさんの葛藤がありました。 新しく迎える猫のことは当然可愛くなるから、そしたらチィちゃんのことを忘れてしまうのかな。 と思うこともありました。

でもそれは見当はずれでした。

胡麻と麦を迎え、「チィちゃんこれ好きだったな」「チィちゃんはそんなことしなかったのに~」とチィちゃんのことを思い返す時間が増え、改めてチィちゃんとの絆を強く感じる日々です。

お別れの時に「いつでも帰っておいでね」とチィちゃんに伝えました。

麦より体が小さくスマートな胡麻を見ていると、チィちゃんが帰ってきたのかな。 と思ったり、甘えん坊なのに人見知りな麦を見ていると、チィちゃんが帰ってきたのかな。 と思います。

もちろん、胡麻と麦はチィの身代わりではありません。 チィを忘れる必要はないので身代わりなんていりません。 チィとの時間を大切に想い、胡麻と麦にも変わらない愛情を注いでいきます。

チィちゃん。 たくさんの愛情をくれてありがとう。チィちゃんといられて幸せでした。

これからもずっとずっと大好きだよ。